2011/1/30更新                

日本中医推拿研究会
  
Japan Society of Chinese Tuina Medicine

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推拿医学とは

推拿医学とは
 
中国の手技医学(Chinese manual medicine)の伝統的名称は「按摩(Anmo)」であり、明の時代(1368年〜1644年)に至ると、「按摩」の代名詞として「推拿(Tuina)」という名称が出現した。明代の後、「按摩」と「推拿」の二つ名称が併用されてきた。
 按(pressing manipulation)とは抑止の意味で、上から下へ垂直の力を用いられる手技である。摩(rubbing manipulation)とは回すという意味で、「摩而散之」という効果を持つ。一方、推(pushing manipulation)とは一方向へ押し進み、拿(grasping manipulation)とは掴み上げるということである。
 要するに、按摩にしろ、推拿にしろ、両者と共に2種類の手技を呼び合わせて作られた専門用語である。現在、中国政府は「推拿」という名称で中国の手技医学を公式に命名しているわけである。
 中国推拿(Chinese Tuina Therapy)とは、中医基礎理論に基づき、人体の体表の経絡・?穴や、患部にある筋肉・靭帯・関節などに、種々の推拿手技を用いて、疾病を治療・予防する、中医外治法の一種であり、かつその臨床応用と治療原理を研究する中医学(TCM: Traditional Chinese Medicine)の重要な一学問である。

参考文献:
@李 強:中国推拿手技の基本概念。 鍼灸OSAKA,16(1-2):124-130, 2000.
A李 強、清水教永:中国スポーツ推拿療法。p.1, たにぐち書店,1996.7,東京。


『黄帝内経』の推拿記述は?
 2000年前の中国の医書にも、推拿によって疾病を予防・治療することが数多く記載されています。『漢書・芸文誌』には『黄帝岐伯按摩』10巻のことが記されており、 当時すでに按摩に関する専門書があったことが示されています。現存する最も古い中医学書である『黄帝内経』の中にも、推拿に関する記述が多くみられます。例えば、前述の『異法方宜論』に「中央は、その地、平にして以て湿なりその病は痿厥寒熱多し、故にその治は導引按キョウ宜し」とあり、唐の王冰氏の注釈は、これに註して「導引は、筋骨を揺るがし、支節を動かすを謂う。按は皮肉を抑え按ずるを謂う。「キョウ」とは手足を捷く挙ぐるを謂う」と述べています。また『素問・血気形志篇』 には、「数数驚恐するは、経絡通せず、病不仁(しびれ)生ず、これを治するに按摩、醪薬(酒につけた薬)を以てす」と記しています。


『黄帝内経』の基本精神とは?
 『黄帝内経』は、人が自然界の生物の一つであり、自然界の一切の変化はみな人の有機体に影響を及ぼすことを記した。人体の生理、病理の変化を知るには、人体に内在する各個の機能の相互に関連した全体を観察すると同時に、自然条件の影響を随時注意しなければならないとした。『霊枢・邪客篇』に曰く:「人与天相応也」。人と天に相い応じる。)
 『素問・生気通天論』:「陽気者、一日且主外。平旦人気生、日中且陽気隆。日西且陽気己虚、気門乃閉」(陽気の者わ一日中外を司る。朝から陽気が上昇し、日中は陽気が盛んになる。夕方は陽気が衰え、気門は閉じる。)
 陰陽は事物を概括する二種の属性である。それは古代人が長期間に及ぶ生活実践の中から、自然界の事物の変化は皆陰陽の対立と統一の両面を備えているということを知った上整合した自然哲学である。この二面の内在の関連、相互作用、不断の運動が、事物の成長や変化や消亡の根源である。『素問・陰陽応象大論』:「陽明者、天地之道也。万物之綱紀、変化之父母、生殺之本始、神明之府也」(陰陽なるもの天地の道なり。万物の規律、変化の父母、生殺の本始、神明の府なり)。
 これは一切の事物の発生や発展を、陰陽の変化で解説し認識している。このように自然な陰陽学説は、人体の病理現象の認識や分析や概括にも応用され、これによって病状を弁明し、推拿を含んだ治療の原則を決定した。
 :五行は、古代人が当時の日常生活に用いた最も熟知した物質である。木火土金水が代表であり、またこの五種の間の相互援助と相互制約の関係で、事物の複雑な変化を解明している。
 『黄帝内経』は五行の相生相克の法則を運用し、人体各部の関連と、人体と自然環境との関係を解明している。生理の面では、五行を五臓に配当し、臓腑のお互いの活動の間に、援助だけでなく相制約する関係があることを説明している。病理の面では、生・克・乗・侮の法則で疾病の伝変の関係を説明している。治療の面では、五行の相生相克の関係に基づいて弁証立方を指導し、具体的な治療方法を確定する。例えば「虚則補其母、実則瀉其子」(虚であればその母を補い、実であればその子を瀉する。)という。これが五行学説の理論の治療への具体的な運用法である。

参考文献:
1.印 会河,主編:中医基礎理論。上海科学技術出版社, 上海,1984.


推拿の古称は?

  推拿は古代には「按摩」(『霊枢・九鍼論』)、「按キョウ」(『素問・異法方宜論』)、「喬摩」(『霊枢・病伝』)などと呼ばれていました。推拿という名称が最初に用いられたのは、明の張介賓の『類経』と、同じ時代のきょう雲林の『小児推拿秘旨』です。


推拿特徴は?
  中国推拿の特徴は、理論及び臨床のいずれの側面にせよ、 その理論の整合性、手技の多様性、操作の安全性、臨床上の即効性などが挙げられます。そのため、手技医学(Manual Medicine)あるいは手技療法(Manual Therapy)という分野では、中国推拿がその源流であり最高峰に位置付けられているということに関しては異存はないのでしょう。教育・科学・技術の発展につれて、中国推拿も今後たゆまなく進歩・改善され、人類の健康に対してより大きく貢献することは間違いないでしょう。


外治法の起源はなにか?
A:
 最初の人類は「原始共同体」の時代にあり、群居し移動する生活をし、原始的な道具として石塊や石片や木の棒を共同で製作し使用していた。『管子・君臣篇』:「獣の処に群居し、力を以って相い征つ」。「原始共同体」時代の人の主な仕事は、野菜や野生の果物を採集し、また捕捉しやすい禽獣を猟して飢をしのぐことだった。当時道具が原始的なために、原始人はいつも猛獣の襲来におびえ、また獲得できた食物も少なく、そのために飢餓にさらされていた。原始人は毒蛇や猛獣と闘争したり、部落間に戦争が起こったとき、常に多くの外傷を負っていた。このような経験により粘土や樹葉や草の茎などを、傷口に塗ったり包んだりする方法が生まれたと思われる。やがて人々は若干の外用薬を発明した。これが外治法の起源である。


導引(daoyin)とはなにか?

 原始人は文化の発展に寄与し、装飾品の製作や着用(fashion)、舞踏(dance)・スポーツなどに実践したわけである。原始人はときに狩猟の前後に、獣皮をまとい羽毛を頭にいただいて、動物の跳躍と飛翔を真似て祝福し成功を祝った。『呂氏春秋・古楽篇』:「昔陶唐(尭の年号)の始、陰多く滞伏してう積し、水道壅塞、その原を行かず、民の気郁閼して滞着す。筋骨秘縮して達せず。故に舞を為して以てこれを宣導す」。後にこうした身体運動は次第に発展して医療の方法となり、「導引」と称した。
 唐の王冰氏の注釈には、「導引は、筋骨を揺(ゆ)るがし、支節を動かすを謂う。按は皮肉を抑え按ずるを謂う。きょうとは手足を捷(はや)く挙(あ)ぐるを謂う」と述べていた。広義の導引は、自己推拿(self-tuina therapy)・体操・調息(吐納法:呼吸法、breathing exercise)を含み、狭義には、自己推拿や調息に対する身体運動である。導引法は確かに推拿の一つの組成部分であり、推拿も導引法の組成部分の1つであることが理解できる。

参考文献:
@鈴木圓蔵:中国古代の体育・スポーツ. in 現代体育・スポーツ大系・第2巻ー体育・スポーツの歴史(浅見俊雄、他編), p.30-37, 講談社, 1984, 東京.
A李 強:中国推拿医学史略。鍼灸OSAKA, 12(4):88-99, 1997.


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