中国古代正骨術は中国按摩導引術とともに日本に伝来した ものである

日本の遣隋使と遣唐使の制度化及び唐代医事行政制度の導入につれて、中国の 按摩導引正骨術は日本に伝入された。典薬寮に按摩博士という官位があることがその有力な証である。  

『唐六典』巻十四、太医署 按摩博士、一人。又た按摩師、按摩工を置き、これを佐く。消息導引の法を以て按 摩生に教え、人の八疾、一に曰はく風、二に曰はく寒、三に曰はく暑、四に曰はく 湿、五に曰はく飢、六に曰はく飽、七に曰はく労、八に曰はく逸、を除く。凡そ人の支節腑藏積り疾生じ、導びきて之れを宣(の)ばし、内疾を留どまらざらしむれ ば、外邪入らず。損傷折跌する者の若きは法を以て之れを正す。  

この記載から、中国古代按摩博士の主要な職掌は按摩法、導引法、正骨法と固定法を用いて教授すること、古代按摩療法の治療範囲は慢性疾患の「八疾」と急性疾患の「損 傷折跌」があること、治療手段は按摩・固定・正骨・導引と瀉血などであることがわかるであろう。

このことから、中国古代正骨術は中国按摩導引術とともに日本に伝来したものだと指摘したい。

古代において、導引法は中国按摩推拿療法を構成する部分の一つである

 1973年、中国長沙馬王堆3号漢墓から幅0.5メートル、長さ1.4メートルの帛に絵と文字が描かれている帛画が出土した。のちに「導引図」と称された。「導引図」には、44種類の導引動作図像が縦4列、横11種で黒の輪郭、朱・褐・藍・墨のベタ塗りで描かれているという。

「導引図」には、各種導引の具体的な姿勢を色彩で描いているばかりでなく、捶背、撫胸、按圧などの自己按摩の動作となされるものも記されている。これは、張家山漢簡の導引書『引書』とともに、中国に現存する最古の導引文献とみなされている。

『引書』では、110種類の導引術が記載され、病気を治すための術式は50種あり、その29種類が按摩法または徒手導引法に属していたという。

『引書』は、漢代以前に実践していた導引法と按摩法の具体的なやり方、治療回数が詳しく記され、全面的に按摩・体操を融合した古来の導引法を描くものだと思われる。

ゆえに、広義の導引には、按摩法・体操法・吐納法28が含まれ、狭義の導引は、按摩法や吐納法を含む体操的な運動(医療体操)である。

以上により、導引法は確かに中国按摩推拿療法を構成する部分の一つであると理解できるであろう。