論文抄録_1998_推拿医学への期待_清水教永

推拿医学への期待

大阪府立大学総合科学部 健康科学

教授・医学博士 清水 教永

推拿医学、第1巻第1号、1998年6月

 

17世紀のデカルトの心身二言論は、事物の理解の座標を、神から人間へと移した。そしてニュートンが発見した運動の法則は、デカルトの運動の概念を定量的に基礎づけた。その後、量子物理学者のボーアやデルブリュックらが組織したファージ・グループによる研究、そしてワトソンとフリックによるDNAの二重らせん構造の解明など、今世紀中半において生命現象の理解に重要な研究の発表がなされ、現代医学の分野の発展に大きく寄与した。このことにより、生命現象はタンパクや核酸などの物質の存在様式として説明されるようになった。科学が物質を対象としていたのと同じように、技術も物質を相手にし、そこで科学と技術が融合し相互に浸透し合い物質のコントロールが行われた。バイオテクノロジーの分野において生命が扱われるようになり、同時に機械文明が生まれ、人間社会の中でも人と人との関係から人と機械の関係が始まった。

従来は、知識や技能の伝達・継承は、人から人へという方法が原則であった。例えば、百姓や漁師は、子供とともに田畑や海に出て空を仰ぎ天の気の読み方伝えた。陸では、種を蒔く時期を考え、海では波の形から魚群の読み方を伝えた。この様な人と人との関係は、単に知識を伝達するだけが目的ではなく人と人がどの様にしてつき合っていくのかを学ぶ知恵の場でもあった。

しかし、今や社会の中では、人間関係は稀薄になり多くが人と機械との関係が主体となりつつある。医療の現場でも病気の種類や原因は、科学的分析器による分析値から決定づけられ、触診はほとんど行われなくなった。しかし、治療に関しては、はたして機械文明がその効果を飛躍的に発展させただろうか。外科的治療や薬理療法では対処できないことも明らかになってきた。

近年、東洋医学への関心が高まりつつある。これは、一般の人々の間にも近代西洋医学の理論体系がはたして生命の本質にせまっているのだろうか、生命現象の理解の方向がこれでよいのだろうか、といった疑問が生じてきたのである。この問いかけに答えるものがそこに存在したのである。

人類が、人から人へ知恵として伝えてきた「中国推拿医学」の手技療法がそれである。推拿医学の基本原理は、人の手から人のからだへの「気」の伝達である、つまり「いのち」の伝達といえる。この推拿は、解剖や生理や免疫が「学」として確立されるはるか3000年の昔から病気の予防や治療法として体系づけられ今日に伝わっている中国医学の原点と言うべきものである。

このたび「推拿医学」が刊行されることとなった。推拿医学の立場から人の健康のあり方や病気の予防・治療に対する独創的な研究成果が期待される。また、私たちが21世紀に伝え残していかなければならない「いのち」のことわりとは何かについての大いなる問いかけを期待したい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です