講座 4 少林内功の歴史の由来について

少林内功の歴史の由来を考証できる文献は殆どない。
伝説によると、この気功法の淵源は釈迦が説いた教義にさかのぼれる。達磨大師(Bodhi-dharma,?~536年)は、北魏の孝明帝の正統年間(520~525年)に、南インドの天竺国から中国の河南省少林寺に、留錫して禅宗の法を説いた。当時の少林寺の僧侶たちが座禅を長時間行うために心身ともに衰弱した様子をみて、天竺国で修得した、釈迦の弟子が始めた、易筋経(筋肉の練成を説く)・洗髄経(心の修養を説く)という二経を衆僧に示して、心身の鍛練を行なわせ、いわゆる少林内功を僧侶たちに伝授。それにより少林寺の僧侶たちは体質が改善され心身ともに健康になったといわれる。
ところで、少林内功は武術の普及につれ、清朝の末期に中国の北方に広まって、山東省済寧の李樹嘉祖師に伝えいたと、既により完全に揃っている、特徴を持つ治療方法が出来ていたことだけと伝えられた。その後、李樹嘉祖師が馬万起師(1884ー1941年)に伝えて、馬万起は内功推拿を用いて上海で医療活動を行った。その間、李錫九師(故・元上海中医学院付属推拿専門学校教授)は馬師の門下生となり、馬万龍などの他の先生たちと力を合わして、内功推拿を中医学院の専門科目の1つとして、定着させ、さらに中国全土へ普及させたわけである。未だに、「易筋経」や「少林内功」の二種類の功法は、上海中医薬大学推拿学部の必修科目として、位置づけられている。

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